WHY?
東京に活動拠点を置いていたお雑煮やさん粕谷が、福岡に引っ越してきたのは
今年の4月のことでした。
私を知る人は、「マジか?」「本当に来るんだ」と思われたと思います。
私はそういうことを、イキナリやってしまうんですねぇ。(苦笑)
何故、引っ越してきたのか?それについてお話したいと思います。
まず、とにかく焦っていたから、です。
何に焦っていたのか、というと、私にとって一番重要な、普段のナンパ対象でもあった
「おばあさん」たちがいらっしゃらなくなってしまう!
ということにでした。
今まで色んな方にご当地雑煮のお話を聴いて歩いていましたが、お雑煮の背景にある物語を実体験としてご存じの方々は、90歳アッパーの方々だったんですね。
私の母世代は、団塊世代で70代なのですが、ウチの母世代では、生活様式が既にガスを使うようになっていたんですよね。幼少期も。
お雑煮という料理は、正月のハレの日の家庭料理です。
ハレの日というのは、ちょっと儀式めいた様式があるものです。
お雑煮の場合でしたら、若水を汲みに行くのは誰で、お雑煮を炊くための火を起こす焚き付けに何を使う、、などのステップがあるのですが、
儀式めいたルールがあったわけです。
それらを実際に体験し、見聞きしている世代であるならば、
自然に、その上の世代からの教え、言いつけを聴いて行っているわけです。
その話にも面白い物語がたくさんあるのです。
それらを知りたかった。
それらをちゃんと残しておきたいと思った。
だから、おばあさんたちのお話をたくさん伺いたかったのです。
でも、私ひとりがそんなことを続けていても、限度があるのです。
ご当地雑煮は、県単位、市町村単位どころか、集落単位で異なっていたりする
実にバリエーション豊かなことが特徴なんです。
地域地域で異なるこれらのお話を聴きとるには、やはり地元の方々が自らやってくれるようにならなければ、到底追いつかないのです。
家庭料理は、産業ではありませんので、ご存じの方々がお元気でいる間に伺わないと、お亡くなりなると同時に消えてしまうのです。
今は、地域のお祭りのような行事ですら、開催しなくなる等が多く見られます。
昔のものを残す、ということは必ずしも必要なことではないかもしれません。
むしろ、今に合うものに変化していくことも必要なことでしょう。
それに関しては、私自身大賛成なんです。
でも!
こんなに面白い地域の物語が、消えてしまうのは惜しい。
「食」って、『美味しい』『美味しくない』『栄養価が高い』『栄養価が低い』とか、それだけじゃないと思うんですよね。
誰と食べる、誰かと願いを込めて(縁起をかけて)儀式的な要素も含みつつ味わう。地場のもの、外来のもの、時間を置くもの、場所を限定するもの、色んな要素も含んで、食べることが文化になるようなものだと思うんです。
惜しい!惜しい!
といっても、イマに合わなくてはやはり淘汰されるのはしょーがない。
じゃあ、イマの子供たちが、親世代が、とりまく産業の方々が、
面白い!と思ってくれるような動きを作ったらいいんじゃないか?
惜しい、惜しい、と思っている私がやるべきことは、自分ひとりで出来る範囲で聴き取りをすることでも、残念がっていることでもなく、皆さんが面白い!と思ってくれるような動きを生み出すことなんじゃない?
それをやろう!
ということが、今回の企画のはじまりです。
お雑煮研究家 粕谷 浩子
著書 『お雑煮マニアックス』
ローカル食文化の窓口にお雑煮は
なってしまうのでは?と
お雑煮ワールドにハマってしまった。
全国各地のご当地雑煮をおばあちゃん
ナンパしながら聴き取り、
お雑煮商品を開発したり、
啓蒙活動をしたり。
お雑煮を通じて、楽しくローカル食文化の
発掘をしていきたい!